憲法違反の不当逮捕がつづいている。

これは憲法違反の表現の自由・集会結社の自由への弾圧です。辺野古・高江の次は霞が関・経産省前で始まりました。自然発生的に起きる表現や集会は表現や集会の基本的要素である。表現することにお上への届け出、許可など必要ではない。


経産省前で無届けデモの指揮をした70歳くらいの男が逮捕された。   
                             2017.10.12

 経産省前の反原発テントは2011年の9月11日に建てられた。2016年の5歳の
誕生日を迎える直前の八月にある日曜日(21日)未明突如として現れた機動隊によって強制撤去をされた。日曜日といい、夜が明ける前と言い強制執行のやり方としては異常である。テントは5歳にならずに死亡したが、「テント広場」は経産省の正門前に産みの親、育ての親によって今も生き続けている。毎日抵抗の声を上げ続けている。

 一昨日(2017.09.11)、に「テントひろば」は7年目に入る式典、お祝いと抗議集会を行った。各地から支援に駆けつけた人達のお祝いと激励と、今後の戦いの支援が述べられ、シュプレヒコールで盛り上がり集会は終わった。「細くとも長く」とのメッセージを込めたソーメンが参加者に配られた。この頃に参加者は300人を超えかけていた。制服の警官もイヤホーンを耳にした公安らしき人物も増え始めていた。
国会通りの角から内幸町に向けて警官達の数が増え続ける。
9時近くになって500名に近くはなっていたが経産省の建物をヒューマンチェーンで召し捕るには人数が足りない。800人はほしいのだ。急遽、経産省の周囲を行進する行動に切り替えられた。 責任者らしい警官が、「責任者は誰ですか」と誰何し始めた。T氏が進み出た。その情況を見ていた「テントひろば」の古老F氏が進み出て、「全て責任は私にある」と名乗り出た(男前ですね)。警官は、「デモの申請は出ていない。旗や幟などは仕舞いなさい。デモは中止です」
 F氏は一向に頓着しない(警官はF氏の気質や出す言葉まで知り尽くしていると思われる)。警官達はF氏を車道へ押し
出した。都合の良いことに護送車が停車していた。警官達はF氏を車に押し込んで走り去った。警察は逮捕の理由は述べず、都公安条例違反と繰り返すばかりである。その夜、F氏に接見にいった弁護士に対しても警察は同じ事を言い続けたらしい。狙い撃ち逮捕の臭いが濃い。F氏が全面に出て来るのを待っていたのだ。警察のこの手はシュワブでさんざん見せられている。逮捕したい人物を誘いだす手だ。
 丸の内署は改修中であり留置するF氏場所が無い故に別の場所へ移されるそうである。
 そうしてでも「テントひろば」の火を沈静化させたい事情が政府にはあったからだ。これ以上「テントひろば」をのさばらせたくないのだ。過去の経験から「この手の集団は頭さえ潰せば息絶えてしまう」と高を括っている節がある。確かに、過激な集団はその傾向があり、戦略無き戦術語りにもその傾向はある。しかし、非暴力・不服従の集団にその経験が役に立つかどうかは不明である。
政府は大資本のために原発再稼働が必須であると判断しているし、現に再稼働に向けての原子力規制委員会委員長田中俊一氏の言動・行動があたかも路線変更の印象を見せながら墨衣の下の鎧を見せ始めている時期だからである。
 
 本日、「テントひろば」の仲間達三人が移された警視庁に接見に行ったところ、F氏は至って元気で、「三度の食事もうまかったし、朝風呂も気持ちよかった」とご機嫌であったという。
「昨日も、今日も事情聴取は無く、明日検事局に行くことになった」と言われたのが少し気になる。検事が「不起訴」と言い明日中に釈放になれば良いが、そうで無い場合は十日間の検事勾留が付くからである。
 以上、F氏の逮捕に関する事を簡単に報告します。      文責:冨久亮輔


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